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[番外編] 信長の野望 嵐世記

どこかのお城??



場所は山梨県北杜市 ( 山梨県営八ヶ岳牧場 )。西暦2007年に放映された大河ドラマ「風林火山」の撮影セット。時期は放映された年の梅雨明け頃。



「風林火山」の放映にともない、武田信玄公や山本勘助に縁のある神社なども観光客を呼び込もうと積極的であった。



信長の野望をきっかけに戦国時代に興味を持つヒトもいるだろう。画面の中で楽しんでいるだけでなく、実際に足を運べば地形や気候なども実感できより理解が深まる・・・

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大河ドラマ「風林火山」は井上靖の小説「風林火山」を基に作られた。山本勘助 ( 山本晴幸 ) の生涯が描かれ、第四次川中島の戦いで勘助はじめ武田家の重臣たちが討死する辺りまでが放映された。



主人公の山本勘助は軍略や築城術が得意であったとされている。実際のところ謎が多く、他の戦国時代に活躍した武将に比べ資料に不整合な点がある、近現代の浄瑠璃や小説において過大な脚色が加えられたという説や実在しなかったと唱える研究者もいる。
山本勘助という名前すら知らないヒトもいるだろう。案外私たちの身近なのだ。例えば、何か答えを求められる場面において、根拠もなく答えてしまう際、「ヤマカン」や「山勘」と言う。これは山本勘助の名前に由来しているとのこと・・・

さてさて、山本勘助が実在したかどうかは置いておこう。山本勘助は武田家の軍師とされている。軍師という語には複数の意味がある。戦の際、主君に軍事上の助言を行う参謀役と考えるのが妥当だろう。

前話、信長の野望 嵐世記 (7)にて陣形という語を使った。信長の野望から発したテーマである以上、陣形について綴っておきたい。

規模の大きな (参戦人数が多い) 野戦では規律正しく進むことが重要。
しばし、戦国モノのドラマや映画で戦の場面に敵に闇雲に突き進んでゆく場面が描かれる。たしかに、創作としては観ている者を魅きこむが、実際それは乱闘であり、制御不能。集団を率いて戦いに臨むという観点から好ましくない。
それは、現在のスポーツにおいての「チームプレイとは何ぞや??」と同じ。個人戦、つまり、各個で好き勝手に動くのであれば集団を組んだり、指揮者 ( 監督 ) を設ける意味がない・・・

日本では平安時代頃より八つの陣形が用いられてきた。それぞれ、鶴翼、魚鱗、雁行、偃月、衡軛、長蛇、鋒矢、方円といった呼び名となっている。
冒頭からの風林火山に戻ると、武田家は独自に改良し「武田八陣形」を編み出したとされている。

文字だけだと判り辛いかもしれないので、簡単な図を加える。
これは、信長の野望 嵐世記 の番外編ということで綴っている。ひとつの陣に参加できる部隊数が5つまでの制限に合わせ書いた図である。
嵐世記より前の烈風伝では、戦中に陣形を選択できたが嵐世記では陣を組むか解除の指定しかできない。

[ 鶴翼 ]
鶴翼

[ 魚鱗 ]
魚鱗

[ 雁行 ]
雁行

[ 偃月 ]
偃月

[ 衡軛 ]
衡軛

[ 長蛇 ]
長蛇

[ 鋒矢 ]
鋒矢

[ 方円 ]
方円

それぞれの陣形に対し、得意苦手がある。

得意苦手
鶴翼衡軛長蛇
魚鱗長蛇偃月
雁行方円鋒矢
偃月魚鱗鶴翼
衡軛鋒矢鶴翼
長蛇鶴翼魚鱗
鋒矢雁行方円
方円鋒矢雁行


攻撃を重視したければ「鶴翼」や「鋒矢」、逆に、総大将を守ることを最優先するならば「方円」が適している。
移動を重視したければ「雁行」や「長蛇」、そのかわり、攻守はほとんど期待できない。

敵方の陣形に応じて、自方の陣形を変えるのがベストである。多人数で合戦の最中、陣形変更が上手くできるか否かで戦の勝敗が変わってくる。この辺は軍師の腕の見せ所。
総大将や軍師の能力が高いだけでなく、参戦している人々が指揮に従わなければ失敗する。普段からの訓練や各武将たちと細かい打ち合わせも欠かせない・・・

武田信玄公は川中島の戦いなど、越後の上杉謙信公と合戦を繰り返した。川中島は長野県長野市、かつての戦場跡は公園となっている。
山本勘助らは第四次川中島の戦い ( 八幡原の戦い ) において「キツツキ戦法」を唱えた。しかし、上杉家側に見破られ命を落としたとされている。この際、武田家側でも多くの武将が討ち死にした。その中に武田信繁 ( 武田信玄公の実の弟 ) も含まれていた。
この辺のお話も諸説あるようですが、実際に足を運ぶことで何かを得られそうです・・・



となると、武田家のライバル、上杉謙信公が居城としていた春日山城について興味が沸いてくる。
ちなみに、大河ドラマ「風林火山」が放映された頃の松本城。



現在日本にあるお城は
戦国時代やそれ以前から残されてきた城
復元された城に分けられます。
西暦1873年に出された廃城令によって、戦国時代から残っていたお城の多くは取り壊されてしまいました。全国で12の城が残り、松本城や姫路城、犬山城、彦根城などは国宝に指定されています。

話しを戻しましょう。
春日山城は代々、上杉家 ( 長尾家 ) の居城でした。上杉謙信公の後を継いだのは上杉景勝公。関ヶ原の戦いで東軍が勝ったため、西軍の上杉景勝公は減封と米沢へ移転、つまり春日山を離れることとなった。やがて、1607年(慶長12年)春日山は廃城になりました・・・



ということで、春日山城跡へ・・・



本丸跡地に石碑がある程度。ここ数年で取って付けたような立派なお城は復元されていません。
春日山城跡地から直江津を一望できます。

観光客の増加を願い、近代の技術で復元されたお城も増えてきました。しかし、現代人の想像で創ってしまうと実際とはかけ離れてしまうのかもしれません。であるならば、違っている可能性のある情報を示すよりも、そのままの姿を残しておき、訪れた人々がそれぞれに感じ取っていただくのが良いのだろう・・・

書籍や画面の中だけで戦国時代を楽しんでいるだけでは感じ取れない情報は多々あります。もちろん、その地の名物料理目当てでも良いのですが、歴史的な名所に足を運ぶ価値はあります。
現在の食糧事情、医療技術や冷暖房に困らない生活環境と戦国時代を比べながら見て巡ると面白い。日ごろ忘れがちな、「現代に生きてて良かった」を実感できるハズ。

私たちの祖先たちが積み重ねてきたもの、末永く残りますように・・・

本日も最後までご覧いただきありがとうございます。

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テーマ : 城めぐり
ジャンル : 旅行

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